とは言っても去年くらいからオイリュトメウムとLehrerseminar(ヴァルドルフ教員養成学校)が一緒になって、
オイリュトミーだけではなく、シュタイナー教育についても学ぶ形になりやした。
手前はオイリュトメウムに入る前JugendseminarStuttgartという所でいろんな国の
人達と共同生活をしながら、人智学(Antroposophie)を学んでいたんですがね、
その時にも一貫して行われていたのがWiederhoeren.
繰り返し聞くことと訳せやすが、前の時にやった内容を要約して繰り返して言う。
というもので、生徒側からの発言になりやす。
手前は一度読んだ本を繰り返し読む人ってのも以前は理解出来なかったし、映画とかもそぅ。一度やったものは覚えているだろうと思っていたすがねぇ。
思ってる以上に人間の身体ってのはいつまでたっても完璧じゃぁねぇ。

今でもそういう傾向はありやすが自然に限っては繰り返し観察することがいかに大事か、こっちに来てからいろんな人に教えてもれぇやした。
特に身体を使うことをあまりしないでも生活できるようになってるからねぃ。別にそれが悪ぃことなんてこれっぽっちもっていったら嘘になりやすが、思っちゃいやせんがね。自覚すること(Bewustsein)。が大切だと授業でもよく出てくる言葉なんでさぁ。
繰り返し。
今でもその傾向はありやすが、手前は前まで一回読んだ本を何回も読む人というのが理解出来なかった。
それと同じ事で一回体験したことも、自ら繰り返してするということもしなかった。
みんな理想はあるし、現実はいつもその理想に一致してくれない。
真っ直ぐきれいな歪みのない円をフリーハンドで書くのってなかなかうまくいかねぇみてぇにねぇ。
それでも、繰り返し繰り返しやってたら、だんだんきれいな円に近づいてくるもんじゃぁねぇのかなぁ。
R・シュタイナーさんは人には12の感覚があるっていってたけどねぇ、きっと一つのことも、その12の方法で、またいろんな方向からみることができるんだと思ぇやすょ。


