Eurythmieオイリュトミー

StuttgartのEurythmeumに行き初めやした!オイリュトミーとアントロポゾフィーについてシュトゥットゥガルトオイリュトメウムでの学びを提示できたらいいなぁなどと目論んでおりやす。

音の読み書き(世界共通言語)



音楽って溢れているけど、音楽を学ぶっていうことを今させて頂いていやす。

その話の前に前に書いた3つのちと言う話はアントロの話じゃない、との指摘を頂いたので、訂正しやす。同じ内容のことをユーゲントゼミナールの授業で聞いていて、その話をnoriさんともしていたのでその話もアントロの事だと思い込んでたようで、3つのちの考え方は日本であるそうです。


手前の大好きなHerrKernの授業。パパ〜ン
彼は好き勝手に最初声を出させて、それを左右の手と腕の動きでみんなの声を
揃えていって同じ音にもっていきやす。それから手と腕の動きでちょっとしたコーラスを
唄わせやす。彼が右手を一段上げたら、向かって左半分の人が1音上げる2、3音、、、。
左手もそうやって動かしやす。それから次に3等分して同じように声を出させやす。そしてメロディーを響かせやす。
きれいに混ざる事もあれば不協のなんとも気持ち悪い音になるときもありやす。
身体も使ったりしながら。

頭の口じゃない、つまり言葉として音をだすんじゃなくて自分の身体を楽器として
音を出すって感じにすることをやってるんだと思ぇやす。オイリュトミーにぴったり

「唄い揚げることは簡単だ、いかに繊細に唄うかってことに挑戦しよう。」って言ってやした。
ほんとそう。そうじゃないと音楽の本質なんて掴めない。身体を使って音楽を学ぶってことを消化するって感じ。まぁ音楽を学ぶ事を習ったら1人でそれを深めていけるとも言ってやした。ほんとそれが音楽を学ぶってことだと思ぇやす。

んで、初めて作曲のちょっとした仕方を教えてもらいやした。
でも疑問としてはどうして学校の授業で作曲を習わなかったのか???
音楽家の歴史、ただ音楽の教科書を読むことで手前が習ったのは、音楽はよく分からないというものでしたぃ。

音楽は手前にとっては無いと生きていけないものだった、と言うか唄を唄ってる時だけが生きていると感じられた。

でもそれはただ吐き出すだけ。

その全く極にある作曲と言う作業。ただ2章節3章節書いただけのわずかな時間の作業。

感想は




「作曲ってなんて曖昧な場所から始まるんだろう」ってこと、自分が思い描いたメロディーを一音一音譜面におとしていく。全然出来ないから♪3つ書くだけでも書き直し。自分の声や出す音がどんなに曖昧か聴いてしまってちょっとショック。でもそうなんだってことを知っているのと知らないので全然声の出方も変わりやした。

 間違っているって解ったら直せばいい。ひどいのは間違ってる事を認めないで、自分よがりに押し進めていく事。でもそんなことしたら曲はできやせん。作曲挑戦したら手前も少しは人間まともになるかなぁ〜

GeburtstagErzehrung(誕生を語る日)

先日、手前の唯ひとりとなってしまった同期のGeburtstagErzehrng(誕生のお話会)のSkettschースケッチ(前座)をしてきやした。

ここJugendseminarでは、3学期(1学期3ヶ月で計休みを挟んで一年間、4期をやる人もたまにいる)になるとみんなそれぞれの生い立ちを説明する日が毎週木曜日の19;30にありやす。
 いろんな国から集まったいろんな年齢の人達が自分の父方母方のおじぃちゃんおばぁちゃんもしくはひぃおじぃちゃんひぃおばぁちゃん
の代までさかのぼって、どうやって自分が産まれて来たのかをみんなの前で1時間〜2時間かけて話やす。



アントロポゾフィーでは3つの「ち」がその人を定義付けていやす。
家族の血
時代の地
産まれ持った自身の己


その3つを改めてみんなの前で語るんでさぁ。


みんなの前で発表するために書く。そして言葉にするってのはとても大きな意味がありやす。
それを調べることによって家族にも影響を与えるとも手前の上期生のnoriも言ってやした。この機会で40、50の親が自分の親の事を改めて知ることも出来やす。人によっては辛い家系の人も、あまり過去を知りたくない人も沢山いやすが、自分の道を探るJugendseminarでは、とても大切な時間。



とても独特の雰囲気を持ってやす。
まだ19とか20代後半までの若造がなんて思ってたらほんと的外れ。
若くてもほんとにいろんな経験をしてる子や世界各地のおじぃちゃんおばぁちゃんの話もほんとひとそれぞれ



時間になると鐘が鳴り、みんなが上の階にあるちいさなホールに集まって来やす。


一緒に生活してるみんながその日の人のースケッチーをしやす。
スケッチってのぁ、あらかじめ話しておいたその人の面白かったエピソードや、その人がいつもやってることなんかを
ちぃさな劇形式でみんなの前で前座としてやりやす。そうやって楽しい雰囲気になってそのあとにお話が始まりやす。

話し方も人によってさまざま、もちろん外国人もいっぱいいるから言葉の壁もあるけど、人に何かを本当に伝えたいと思ったらなにか伝わるもんがあるもんでさぁねぇ。
みんなそれぞれのペース、話し方でその時間は過ぎていきやす。

そしてお話が終わると前もって用意していたケーキやアイスなどでちょっとした和みムードのなかで(まぁそれも日によって違うけど)
話終わった人にみんながハグ(抱きしめ)に行ったり談話しながらゆっくりとみんなそれぞれの部屋に帰っていきやす。


同じ世代のいろんな国の人がどういう状況なのかを知ることも、また自分を見つめ直すことも出来る。
こんな背景を持っているからこの人は今こうなんだ、というのも見えて来やす。

Jugendseminarーー
履歴書なんかに書いても大きな役に立つかどうか解らねぇけど、多くの事を心に残してくれることは間違いねぇと思ぇやす。
確かに良く解んねぇ場所だけど、履歴書に書いてそれ何?って言われる時もあっていいっすゃねぇ。人生の中でそうやって少し立ち止まる時間ってのぁ宝物に成り得やす。
 そしてそんな機会を作るのに遅いも早いもねぇっていっても、場所や周りの影響や力って大きいもんでさぁねぇ、
 現代ってほんとに何にでも直ぐ意味を求めたがるけど、休憩したって、立ち止まったって、意味無いと思われたって、自分にとって大切な事ぁ手前さん自身が決めることでさぁねぇ。


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誕生語り会をした手前の残り一人となった同期のSvenja

フランスのうし

シャルトル行きのバス約10時間の休憩でお昼を食べた公園の近くにいたうしたち

ノートルダム大聖堂を遠くから

行きのバスから見たノートルダム大聖堂